臥龍梅

3月18日18時より清水興津清見寺で三和酒造様の臥龍梅の蔵出しがありました。清酒、臥龍梅の命名は鈴木社長いわく、
「臥龍」という言葉は古く、その出典は中国四大奇書のひとつに数えられる長編歴史小説、「三国志演義」。この小説は、魏、蜀、呉、三国対立時代の中国を背景に英雄豪傑の活躍と運命を描いたもので、その書中、「劉備玄徳 りゅうびげんとく」が在野の賢人「諸葛孔明 しょかつこうめい」を三顧の礼をもって自軍に迎え入れる下りに「臥龍・鳳雛 がりょう・ほうすう」という言葉が出てまいります。
「臥龍」は寝ている龍、まだ雲雨を得ないため天にのぼれず、地にひそみ隠れている龍のことで、転じて、まだ志をのばす機会を得ないで民間にひそみ隠れている英雄、「諸葛孔明」の例えであります。ちなみに「鳳雛」とは鳳凰のひなで、将来、大人物になる素質を備えた少年の例えであります。さて、処はわが国に移り、時代は下って戦国時代末期のことです。後に徳川幕府を開設した徳川家康は、幼少の一時期、今川家の人質として当社の近隣の「清見寺 せいけんじ」という禅寺に暮らしていました。そしてその無聊の徒然に、寺の庭の一隅に一枝の梅を接木したと伝えられています。「諸葛孔明」の故事どおり、「清見寺」にあった頃の家康は地にひそみ隠れておりましたが、その後、龍が天にのぼるがごとく天下人となりました。家康の植えた梅は三百年の月日を経て大木に成長し、今も、毎年春三月には凛とした風情で花を咲かせております。さながら龍が臥したような見事な枝振りもあいまってか、この梅は何時の頃からか「臥龍梅」と呼ばれるようになりました。
三和酒造より
との説明を聞き、清見寺ご住職一条様からお寺の1300年の歴史は栄枯衰盛をくりかえし今日がある・・とまるで今の経済状況を見、我々に示唆してくださったのだと感じました。
悠久の歴史を感じながらの一献は格別でした。
春にあって、本堂から見る臥龍梅の最後の花・・それは、私たちを待ち続けてくれていたようでした。
もう散っていいよ。
そういいながらお寺を後にしました。